SNSとの距離感

SNSとの相性が悪すぎる、と思う。

 

私はパソコン全盛期世代で、中学校くらいからパソコンを使う授業がはじまって、大学はパソコンでレポート書いて課題提出が当然であり、最近ではタブレット端末も使いこなす感じなのでパソコンを使うことにもインターネットで調べものをすることにはなんの違和感はない。なんなら本や実地調査というやり方と合わせ技で調べることも多い。なのでインターネットが普及して、タブレット端末で音声入力、AIといい時代が来たなあ~と常々思っているのだけれど、どうもSNSとの相性が悪いのである。

 

少し言い訳させてもらうが、私だって食わず嫌いではないのでツイッター(X)も、Facebookも、インスタグラムも登録して使ってみたことがある。最近ではDiscordだってやっていた。特にインスタグラムは写真を上げるだけで反応があるから面白かった。いろんな人の写真を見るのが好きだしね。実名である程度決まったグループでなにかを共有するにはFacebookは大変便利であったし、ツイッターで好きな作家の先生や鳥好きのツイートを見るのは楽しい。

 

とはいえ疲れるのである。

 

ひっきりなしに更新される情報、まったく見知らぬ人からの挨拶なしのフォロー、急にわけのわからないことを言って困らせる人、そしてどういうわけか私は海外フォロワーが圧倒的に多かったのだ。まあNathalieにはまるまえはAndrea Boccelliファンだったことも影響していると思うけれど、言葉を必要としないインスタグラムでさえフォロワーは日本人がすごく少なくて海外の人ばかりだった。(特にドイツとイラン)

google翻訳があるとはいえ、コメントやツイートをいちいち自動翻訳にかけながら読むのは大変面倒であるし、その返信も面倒である。というか、日本国内で近しい人とつながりたいのにSNSの海の中でそういう人とつながるのは海のなかを探すようなものである。もうええわ、と簡単な英語で返事すれば英語が通じる人だと思われて英語で返ってくるし、もっと交流しようよ、このアプリいれてる?顔見て話そうとか言われて「うう・・ん、私はネットでこうして文章を通じて交流するのが好きなんだよなあ」と思ってしまう。ok、それでもいいよと彼らは絵文字入りで返してくれて、そういう気楽なところも嫌いじゃないけれど疲れてしまう。

 

それに加えて知り合いかも??で愚痴ツイートだの、今日これ食べましただの、子供のことだの、私にはどうでもいい情報が流れてくる。相手だってそうだろう。フランス人女性指揮者のことなどどうでもいいはずだし、気楽だと思われているに違いない。多分〇〇さんだよなとピンポイントで気づくことも多いし、相手だって同じだ。中学生の時の同級生にツイッターでメッセージをもらって驚いたことがあったけど、そんなものである。

 

ブロックしても、選別しても、次から次へとくる情報に私の頭は追いつかない。

いくらバズろうが、私は友達と呼べる人をネットの海の中で探せないし、つながれる気がしない。それよりよほど秋葉原で偶然出会って好きなアニメキャラクターのラバーストラップを見て「おっ!」「いいね!」と互いににっこりして人種も性別も違う人とハイタッチできる関係のほうが健全な気がする。(実話です)

 

そういう意味でブログが一番ちょうどいいのだ。自分の文章を通じていいね、わかる、のスターを付けたりブクマするくらいでちょうどいいのである。

 

内向型あるあるなのかもしれないが、そういうわけで私は今はSNSと離れている。ブログを読んでもらって「この人どんな人なのかな」というところも含めて楽しんでもらいたいと思っているからだ。相性が悪いと思うものとわざわざ付き合う必要はない。とはいえブログを知ってもらったり、新しい開拓をするにはSNSは便利なんだよなあと思う。内向型のツールとしてできたものも気づくと外向型がわちゃわちゃとはいってきて様変わりしたりするからそうなるともうとてもじゃないけど近づけない。外向型の陽キャには申し訳ないが、私はそっとしておいてほしいのである。限定パーティーも、バーベキューも、異業種交流会も興味はない。

 

物静かを好む人たちはどうやってSNSとお付き合いしているのだろうなと思う。

私は本当に疲れてしまってLINEですらセキュリティの脆弱性を理由に身内以外は断ってメールでやり取りしているくらいである。

SNSとほどよい距離感を保ちながら使いこなせるようになりたいと思う。

 

Photo by NORA IT

アップデートがなかなか終わらず森の中でおいてけぼりの新卒デザイナーのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20150725202post-5780.html