忘れられたチョコレート

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「もったいない。」

その一言で、私は言葉を紡ぐのをやめた。

今のパートナーとはじめてのバレンタイン。手作りのお菓子はちょっと重たいなぁと話していたので、私はいそいそと慣れないイベント会場へ向かった。バレンタインのイベント会場は所狭しと店が立ち並び、人も多く出ていた。

一生懸命パートナーに食べてもらえそうなチョコレートを探す。お高いのはだめだ。会社でもらってくるのを知っていたから。かといって、デコレーションが派手すぎるのもだめだ。絶対もったいないとか言って食べないに決まっている。たくさんあるチョコレートの中から800円位のシンプルな箱に入った貝殻の形のチョコレートを選んだ。味はミルクチョコレートとパートナーが大好きなホワイトチョコレート。パートナーが帰宅するのを待つ。普段からお菓子が大好きな人だから、きっと喜ぶはず。

「ただいま」

パートナーが帰ってきた。夕食一緒に食べて、それからバレンタインのチョコレートを渡す。「ありがとう。開けてもいい?」ご飯を食べたばかりだというのに甘いものは別腹なのだろうか。子供のように目を輝かせて、ラッピングを開け、チョコレートの箱を開ける。「うわぁ、かわいい!」パートナーはどれから食べようかと目を泳がせている。あげてよかったと内心思う。ところが、だ。次の言葉に、私は言葉を失った。

「食べるのもったいないから、しばらく置いてから食べるわ。」

こともあろうに、彼は両親の仏壇にそのチョコレートを置いたのである。

私はその感覚がわからなかった。本当に好きな子からチョコレートなどもらったことがない、むしろプレゼントあげる場にいたから、今年のバレンタインは本当に楽しみだと話していたのはパートナーの方だ。開けたばかりのきれいなチョコレートが仏壇に鎮座している。私は悲しくなって感情押し殺し、もう来年からは、チョコレートなどあげるものかと心に強く決めた。

 

今ならわかる。パートナーは本当にチョコレートをもらって嬉しかったのだと。その1番の報告を、誰よりも両親にしたかったのだと。そしてしばらく置いてから私と一緒に食べる気でいたのだ。でも、忘れっぽいパートナーはチョコレートを置いたことを忘れて、賞味期限が切れてしまった。

 

でも、そんなことはその当時の私には想像もできなかった。パートナーのことをまだ深く知らなかったし、どうしてすぐに食べないのか聞きもしなかった。ただただ一生懸命に相手のことを考えて選んだ時間をなかったことにされた気がして、悲しかった。

 

長い時間をかけてなんだかんだで今のパートナーと一緒になって、今年ももうすぐバレンタインが来る。そうして毎年ほろ苦い思い出を思い出す。思い出すけど、毎年バレンタインが来るたび相手のことを考えるのはちょっと嬉しい。苦いのも甘いのも、いつかは全部思い出に変わる。パートナーが忘れてしまうなら忘れる前に一緒に食べればいい。今年も熱いコーヒーと一緒に、甘いお菓子を食べよう。そうしてこの穏やかな日々が過ごせることに感謝しよう。

 

あの時の苦さは今も胸の内にあるけれど、それ以上のたくさんの幸せもあるのだから。

 

今週のお題「ほろ苦い思い出」

 

Photo by すしぱく

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