姿勢を正して

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私が生まれ育った地域では、姿勢を正してしっかり前を見ていなさいという意味合いのことを「しゃんとしい」という。

いや、もしかして知らないだけでうちだけかもしれないがどうにも言葉というのは曖昧なものである。

 

「しゃんとしい」「しゃんとせなおえん」と言われると、姿勢を正すのが自然になってしまうほど、私は母方の祖父母、親戚から耳が腐るほど聞かされた。柔らかい物言いで「しゃんとしい」と言われることもあるし、叱責の意味をこめて言われることもある。

私は特に一番上だったから、妹たちがゆるされても小学生くらいには親戚が一同に集まるような場や飲食店で騒ぐことも姿勢を崩すことも許されなかった。

 

まあおかげでこの年まで姿勢が悪いと他人に指摘されたことはない。人前にでるときはしゃんとする、としみついているので嫌でも背筋がのびる。困るのは気分が落ち込んでいる時で、そんなときに姿勢を正していたら、周りからは普段とは変わりなく見えることである。

 

人が亡くなってもこの調子なので、少し感情を押し殺した感じがする。それが嫌で反抗した時期もあったけれど、今ならわかる。姿勢を正すことは最大の防御だったのだと。

忙しいうちはよい。いそがしさに感情に浸る暇もないから。だが、次第に訪れるふいの隙間時間に感情の波は襲ってくる。しかし、日常はつづいていく。そんなときあえて姿勢を正して振り切るのである。

 

そんなことをこの年までわからなかった私も私で母方の親戚は皆冷たい、こわいと言っていたのが少し恥ずかしい。彼らは彼らなりに悲しかったし辛かったのだ。それでも前を向くためにそうしていたのだろう。

 

そういう考え方ってありだよな、と思う。

つらいとき、くるしいとき、あえて姿勢を正す。人体の構造を考えれば、呼吸もしやすいし、落ち着きやすい、集中しやすいというのもある。

 

気持ちを前にするために、体をおこしてしゃんとする。