少し前に 辻井伸行氏のコンサートに行った。
体調は万全ではないものの、彼の演奏はどうしても生で聴いてみたかった。彼の演奏を画面越しにみるたび一度は生を聴きたいと思っていたところ数ヶ月前に仙台での公演チケットがとれたのである。
ホールはとても立派だった。着飾ったご婦人方から気合いを感じる。辻井伸行氏は大変有名なピアニストだからかチケットは完売だった。私は彼の存在走っていたものの以前興味は薄かった。私が彼に興味を示したのはテレビのある番組だった。ドイツだかなんだかのメーカーの一室にピアノがずらりと並ぶ中、触っていいよ言われて彼は一台一台ピアノの鍵盤に触れたのだ。それは素晴らしい音だった。どのピアノにも個性があり、全く音が違う。彼が嬉しそうにピアノの鍵盤を弾くのをみたとき、彼は音の細かな違いを確実に感じ取っているのと喜びそのものを感じた。それから彼の演奏に興味を持つようになった。
なにかしらのコンサートに行ったことがある人ならわかると思うが、動画やCDで聴く音と生の演奏は違う。ホールによって音響も違うし客も違うので毎回何が起こるかわからない。同じ演奏は存在しないと言われる所以である。
彼が壇上に登場し、演奏がはじまる。
第一音から音が輝いていた。
バッハ、ショパン、ラフマニノフ。そのどれもがたとえ小さな音さえも会場いっぱいに広がっていった。音響の良さもあるが、彼の演奏に会場が包まれていくのがわかった。
いろんなコンサートに行ってきたが、彼の演奏は歓喜に溢れていた。ピアノを奏でながらピアノと対話し、会場と対話しているのを感じた。
時に優しく、時に明るく。まっすぐに彼の演奏が飛び込んでくる。体中の細胞に広がるような圧倒的な臨場感だった。彼の演奏を聞いていて思った。彼はピアノを弾いているのではない、彼は空間を弾いているのだ、と。彼は会場の皆を連れて音の高みに行き、歓喜で包んで収縮した。
結局彼はトリプルアンコールならぬクワドラプルアンコール演奏(4回のアンコール)をやってのけた。予定になかったベートーヴェンを聴けたのは思わぬ収穫だった。私は知らなかったが、彼は実にはっきりと明朗に喋った。言われなければ障害者だとわからないくらいに。
演奏が終わった後も体は全身しびれていた。
素晴らしい体験だった。
圧倒的な臨場感に包まれるとその後に見える景色は全く変わってしまう。彼の演奏にはそういう力があった。
ここからまた歩き出そう。自然とそう思えた。
【参考までに】
2024年名取市文化会館公演セットリスト
バッハ:フランス組曲第五番
ラフマニノフ:ヴォカリーズ、楽興の詩
に加えてアンコール演奏
ショパン:ノクターン第20番「遺作」
ベートーヴェン(リスト編曲):途かな恋人に リスト:ラ・カンパネラ
ドビュッシー:月の光
Photo by すしぱく
緑色の玉ボケとキラキラのフリー素材 https://www.pakutaso.com/20211124330post-34729.html